わたしの農業 2013         
                                  多田 繁夫 

今年は、新年早々から天候が荒れまくり、我が家に訪れる予定の息子の大学時代の友人も一人がようやく辿り着き、もう一人は、ついに来ることができず、札幌から神戸に引き返しました。この1月3日の天候が象徴するような天候が今日まで続いています。
1月は、毎週のように大雪や吹雪でJRをはじめ交通機関は混乱、ついに9人もの死亡者がでてしまいました。また、つい先日は、いまだかつて経験したことがない暴風が吹き荒れ、メロンや玉ねぎ、稲のビニールハウスが吹き飛んだり、パイプが押しつぶされたりして大きな被害が局地的でしたが発生しました。
わが農園でも小さな野菜ハウス2棟のビニールが吹っ飛んでしまいました。異常気象と言われて久しいですが、ここ数年の豪雨や猛暑は北海道らしからぬ天候です。誰もが今年は異常だから来年はこんなことにはならないと思って営農に励んでいました。
しかし、毎年のように発生する豪雨や猛暑は、もう異常とは呼べるものではなくなってしまいました。農業は、太古の昔から自然とのたたかいであり、自然との共存でした。この自然のなすすべには人間のちからは無力に近いです。自然をどう活かしてどう受け入れるかは、人間の英知と心の中の問題に大きく関わってくることと思います。
昨今、農業は他の産業と同一線上に並べられて語られることが多くなりました。TPPだとかFTAだとかEPAだとか訳の分からぬ横文字、そして、農業だけを特別扱いできぬという文字が氾濫しています。農業も経済活動だから工業や商業などと同等に語られても不思議ではありません。
ふと農業も随分出世したなと思ったりもしています。
農業輸出国の代表格の米国、フランスの農家は経済的に豊かかというとどうもそうとはいえません。
皆、国の補助金で経営が成り立っているようです。東南アジアの農家は豊かというとご承知のように大変貧しい生活をしています。どの国の農業が経済的に豊かな農業をしているのでしょうか?この文章を書きながらふと、実は、日本が世界の中でもっとも豊かな農業をしているのではと思いました。
しかし、実質的な農産物価格は、この20年余りで70%も下がっているというデータもあります。しかも全国の農業者の平均年齢が66歳となり、まもなく、日本から農業者がいなくなってしまうことになります。北海道の平均年齢は、57歳と全国平均よりは若いですが、後継者はというと我が町上富良野町を例にとると後継者がいるか予定を含めて25%くらいであり、75%の農家は、あと10年くらいでいなくなることになります。
耕地面積は、全国平均が2.2haなのに比べて北海道は約10倍以上の24haくらいになっています。国の農業施策の一番は農業者を育てることにあります。それは、私たちが現場で考える問題とは異にしています。
国民の食料問題です。農業がもつ多面的機能の重要性や成長産業など輸出産業などと踊らされても所詮は作り手がいなければ、元も子もありません。
話しを北海道農業に戻しましょう。2010年の調査結果によると北海道の農家戸数は約44,000戸でそのうち専業農家は約27,000戸です。法人化数は約3,000となっています。
農業所得の平均は500万円位で、新しく就農する人数は600人くらいとなっています。わが町上富良野町では、7〜8年後に現在の300戸から200戸に減ることが確実となっています。
農家戸数の減少だけで農業の衰退と直接結びつけるのは短絡的ですが、いずれにしても一戸当たりの耕作面積はかなり増えることは明らかです。ここが一番難しいところです。
規模拡大と所得の向上がスライドするのであれば問題はないのですが、最近の傾向からみても必ずしもそうではありません。
ただ、確実に言えることは、国の作物の補償制度にのって規模拡大を図る経営は、かなりの精度で所得の増に結びついています。私は、この3月に「かみふらの教育ファーム推進協議会」の会員を募るために、支援していただいている役場産業振興課の担当者と町内全域の加入の候補として上げた農家を訪ねました。
やはり、国の施策に沿って規模拡大を図った農家は経済的に豊かさを感じました。農家は、さまざまな考えがあっていいのであって、大・中・小が縦横にからみあったさまざまな農業形態があり、日本の農業、食料の供給はうまく機能すると思いますし、以前は、それが日本式の農業であったはずです。世界でも日本は稀な恵まれた自然環境のなかで作物づくりができ、世界でも有数の米、野菜、果物、畜産物が生産されているにもかかわらず、まもなく、その生産性豊かな日本の耕地から農家がいなくなる日がカウントダウンされているのは、残念でなりません。現在の日本にはいたるところで食料があふれているわけで、世界の各地で起きている食糧難なんて日本人には対岸の火事に映っても致し方ありません。
このたび、私が中心になって立ち上げた「かみふらの教育ファーム推進協議会」は、農業を尊敬される職業となるように、また、農村で生活することがもっとも豊かな生き方であるという価値観を国民の間で形成されるようにとの強い思いで足かけ4年目でようやく立ち上げることができました。
上富良野地域のさまざまな立場のみなさんが温かく協力、支援していただいており、大変うれしく感じています。私が地域との関わりを積極的に求めたのは、初めてです。以前は、できれば面倒なのでどちらかといえば関わりたくないと思っていました。
年齢がそうさせているかといえば、そうでもなさそうです。私の生き方が少しずつ変わってきたのでしょう。現在、教育ファームの取り組みとともに、農産物の直売を行う「軽トラ市」、農産物加工や雪ムロを活用した地域の特産品開発、フットパスや地元の温泉旅館組合と連携した観光と健康、農業を結びつけた取組みなどを、農水省に提出するための提案書を作成中です。
大変高い倍率ですが、選定されれば運営費などの支援が受けることができます。選定された場合は、「上富良野地域活性化協議会」として取り組むことになります。仮に選定されなくても、教育ファームの取り組みは、すでに第1回の総会も終わり、現在29戸の農家が協議会に加入いただき、活動がスタートしています。
また、軽トラ市も3人による打ち合わせも終わり、事前研修をして7月から月1回の割合で開催することが決まっています。いずれも町役場の産業振興課が快く支援していただき進んでおり、国の支援がない場合にでも、できる範囲でこつこつ取り組んでいく予定でいます。
話を農業後継者に戻しましょう。後継者不足が日本の農業を衰退させることは明らかです。昔は、農家の長男が農家を継ぐのが当たり前でした。長男が継がなくても次男、三男が必ず継いだものでした。そこには、多くの疑問を挟む余地はありませんでした。
しかし、農業情勢が家業を継ぐ農業後継者のシステムを一変させてしまいました。それは、いうまでもなく農家経済の低下にほかなりません。もちろん、情報社会の到来とともに、多様な価値感が形成されていったことも大きな要因です。
でも、私は、たとえ、農家に生まれても、それにとらわれることなく仕事を選ぶべきだと思っていました。それでは、どうしたらいいのでしょうか。私の考える農業経営の承継方法を述べます。私の農園は、農業生産法人です。経営規模は、現在では、他と比べて小さい6haの経営です。現在、農産物の生産とその加工品製造・販売、農家民宿、農業体験など農業の6次産業化と言われるものは、すべて行っています。
そこで、@ワイン部門、A加工部門、B栽培部門、C宿泊部門の4つの部門に分けて、(有)多田農園は持ち株会社的存在に位置付け、ワイン部門は、ぶどうの栽培から醸造、販売まで1人の社員が責任をもって行い、加工部門も商品開発、加工から販売まで一人の社員が責任を持って行う。栽培部門も農産物の栽培から販売(個人への販売を中心に)まで一人の社員が責任をもって行う。そして我々夫婦は、宿泊部門を担当し、農業体験などの部門は全部門で行う。
もちろん各部門に複数のスタッフが必要に応じて配置されます。もし、経営者である我々が事情により、関わることができなくても、それぞれは、多田農園の傘の中にはいますが、自立した立場にあり、しかも、各部門で各社員の給料を得ることができるシステムが確立していれば、それぞれのスタッフの家族を含めて路頭に迷うことがないことになります。そこには、多田農園の理念をしっかり理解した社員でなければなりません。このようなシステムを構築することは、次世代にも通用するシステムになりうると考えます。現在、その取り組みが始まったばかりですが、ベースは半ばまで進んでいますので、これからは、加速されてシステムが構築されていくことと確信しています。
いずれにしても農業や農村生活が楽しく心豊かなものにならなければと改めて感じています。

2013年4月25日