わたしの農業 2010         
                                  多田 繁夫 

農村で楽しい人生を送るためになど、数年前までは考えもしませんでした。なぜなら、農業を営みながらの農村生活は決して楽しいものではないからです。天候と価格という経営を大きく左右するリスクをふたつ抱え、年1回しか収穫できない作物が多い北国の農業で真の豊かな生き方を求め得ることは容易なことではないと思ったからです。
13年前、玉ねぎ栽培を中心にした経営からにんじんを中心にした経営へ方向転換をしました。大型にんじん収穫機を導入し、洗い・選果施設や予冷用の大型冷蔵庫も準備して本格的なにんじん専門農家としてスタートしました。独自のダンボールから始まり、輸送用トラックなどの手配、市場の開拓など農協や青果業者が行っている業務を小規模ながら完結する内容へと変化したのです。初年度は、初めてのことばかりで、あまりにも忙しく、肉体はもちろんのこと精神的にもピークに達するくらいでした。厳しい経営環境のなかでの方向転換でしたので、なおさらのことです。早く借金を返して経済的に楽になりたいという一心で、目的は経済が中心であったことはいうまでもありません。でも、それはそれで活動をしているわけで生きているという実感を強く感じることも少なくなかったと思います。
限られた土地でにんじんを作り続けたため、いろいろな障害が発生してきました。いわゆる連作障害です。まず、ピシウム菌という微生物が原因のにんじんに黒いしみが出るしみ症という病気です。土壌の微生物バランスが崩れたわけです。土壌は大きく分けて放線菌と糸状菌があり、その微生物がバランスのいい状態で作物の根は健全に生育できます。最初は、殺菌剤を使用して対応していましたが、高価な農薬で経費がかさみ、さらに農薬の使用基準ができてからは使用できなくなりました。また、もうひとつの連作障害が線虫です。線虫は一ミリ以下の小さなミミズのような虫ですが、この虫がにんじんの根の成長点付近から根の中に侵入してコブをつくって、奇形のにんじんにして商品価値をなくしてしまう始末に悪い障害です。これもいろいろな方法で農薬を使用して対応していましたが、いい解決策にはなりませんでした。有機資材を使用して試験を繰り返すうちに方法をみつけることはできましたが、あまりにも経費がかかり過ぎ断念せざるをえませんでした。しかし、たまたま栽培試験の中にはなかったとうもろこしを前年に栽培した土地に蒔いたにんじんが線虫の被害に遭っていなかったのです。さらに、しみ症の病気もでませんでした。限られた土地のなかで農業を営んでいるため、北海道の輪作体系をそのまま取り入れることができず悩んでいたのですが、短い周期の輪作体系でも大きな効果を得ることができたわけです。
6年前までは、農薬も化学肥料も普通に使用していました。しかし、その年、農薬散布のための水和剤を水に溶かす作業中に比重の軽い農薬が目から入り涙道管を侵して塞いでしまいました。通常、農薬は1,000倍の濃度のものを現場では扱うため、畑に散布される濃度の1,000倍の農薬が目から入ったことになります。結局、最新の医療でも直らず、今も目からは常に涙が溢れております。翌年には、エコファーマーの認定を取得して農薬を減らす栽培方法に変えて取り組み始めました。同時に化学肥料も減らしながら進めました。毎年ステップアップしながらより安全で美味しいにんじん作りに努力しても現在の販売先は市場が中心ですので、一般のにんじんと同じ土俵で見た目だけで判断されているのは残念でなりません。今年は、輸送方法も新たに開拓できたので、評価していただける販売先を確保できるよう努力しているところです。
にんじんジュースの一部の原料のにんじんは、無農薬・無化学肥料で栽培したものも使用しております。これは、病気の方、特にがん患者の方々が、食事療法に取り組んでいる場合、無農薬・無化学肥料のにんじんジュースを求めているからです。そして、いちばん生のにんじんジュースに近いのが搾ってすぐ冷凍したものといわれており、それに従い、冷凍に加工しております。病気に負けない免疫力は健康な細胞により作られるわけで、その細胞を作っているのはいうまでもなく、健康な食です。まだまだ、取り組み始めて日が浅く、一歩一歩できることをやり続けて、前進できるよう努力しているところです。
教育ファームとしても取り組んでいます。日本の農家のステータスはまだまだ低いと思っています。農業国フランスはどうかというと、農業は誇り高い職業であると位置づけられているようです。そこには、長年かけて築いてきた農業の価値を伝える取り組みが行われてきたことによるものとされております。小さい頃から、農村で自然や農業にふれあう機会をより多くとることが重要のようです。生産現場に行き、体験して学習することを小さいころから繰り返し経験することは、自国の農産物が世界で一番であり、農村で生活することが最も豊な生き方であるという価値観が形成されていったものと考えられます。フランスの教育ファームが果たした役割は大変大きなものがあるといえます。日本でもよい事例に従い、実践すべきと感じております。3年前より本格的な宿泊農業体験の受け入れを始めております。それ以前より、大学のインターンシップ生の受け入れもしております。今後は、教育ファームとして質の高いものを求め実践できるよう先日、訪仏して国立教育ファームや民間の教育ファームの調査に行ってきました。今後もフランスの教育ファーム機関と連携をとりながらすすめることになりました。
地域の農家の方々とも農業体験の受け入れや旬の野菜等を連携して直接届ける取り組みをすすめております。まずは、足元の出来ることから地域の方々と思いを共有できるような方法で取り組みたいとも考えております。
ファームイン(農家民宿)にも取り組み始めて今年で4年目を迎えます。地元の観光協会の方が一番ファームインらしいファームインと言っていただくような、昔の納屋や倉庫を改築した宿泊施設です。都会のホテルやおしゃれなペンションとは違い決して便利とはいえませんが、真の豊かさを感じ、農村の生活を楽しむことができるよう配慮させていただいております。
昨年オープンしたファームカフェも同じ目的で取り組んでおります。作物を作っている人、加工品や料理を作っている人とそれを利用する人が見える関係がなによりも大事であると考えます。
ソーシャルファームとしても取り組み始めました。ソーシャルファームは社会性のある企業という意味です。ファームはfirmです。3年前より、知的障害者の皆さんを体験や見学と昼食に招待をさせていただいております。今後は、作業の一部で働くことができる場の提供へとすすめたいと考えております。
4年前、あるワイナリーの社長との出会いが縁でワイン用のぶどうを栽培することになりました。それは、ほぼ突然のできごとでした。ワインについての知識もありませんし、ぶどうなどの果樹栽培の経験もなく自信もありませんでした。しかし、昨年、初めて収穫することができうれしさと同時にぶどうのもつ魅力に少しずつ引き込まれていきました。さらに、ワインの奥深さも少しうかがい知ることができるようになってきました。先日、訪仏の際に、世界有数のワイン産地のブルゴーニュ地方にも足を伸ばし、ワイナリーを訪問させていただきました。なによりも世界最高のワイン産地を訪問できたのは、大きな収穫でもありました。今年は、ピノ・ノワールのオリジナルワインが出来る予定です。もちろんワイナリーをもつことはできませんので、委託でのワイン製造になりますが、原料のぶどうは100%自前のものです。30数年前、幻の赤ワインという本を読んで国内のワイナリーを訪ねた経験があります。また、4年前は、カリフォルニアワインの産地ナパバレーに行く機会があり、レンタカーでゆっくり見てまわったこともありましたが、本当にワイン用のぶどうを栽培して、オリジナルワインをつくろうかなんて思いもしませんでした。昨年の収穫したぶどうはジュースとしてようやく酒石酸が沈殿して瓶詰めを終え、まもなく販売できます。超高級ぶどうジュースです。
昨今、生産から加工・販売などを手がけるという意味の農業の6次産業化が叫ばれるようになりました。農業の6次産業化を実践中ですが、実際一農家が取り組むことは容易なことではないと実感しています。
わたしの経営理念は、自然と人の調和を図り、健康な社会づくりに貢献し、楽しい農業を実現することです。あくまでも他と比較するのではなく、出来る範囲でゆっくりと休まず進み、年々改善していくことを楽しみ、社会に貢献できる農業であることを常に念頭におきながら、誇りをもって取り組んでいきたいと思っております。
今年のにんじんの種まきが間もなく始まります。

2010年4月21日